Vol.9 筑波メディカルセンター病院/NPO法人チア・アート
2007年から10年以上に渡り、アートやデザインを活用した院内環境改善に取り組んできた筑波メディカルセンター病院と、その活動から生まれたNPO法人チア・アートに、お話しを伺いました。
▲左から、NPO法人チア・アート 理事長 岩田さん、筑波メディカルセンター病院 病院長 軸屋さん、「つつまれサロン」にて
試行錯誤を繰り返して
理想に近づけていくことが重要
ーここが2015年にソーシャルデザイン分野「知事選定」を受けた「つつまれサロン」ですね。筑波メディカルセンター病院は、これまでアート・デザイン活動を病院におけるホスピタリティ提供の一環として捉え、筑波大学芸術系の学生たちと協働でさまざまな試みに取り組んでこられました。
▲優しい雰囲気の「つつまれサロン」看板プレート
▲「つつまれサロン」IDS2015ソーシャルデザイン分野 知事選定
▲改修前の部屋
ーまた、2017年には、「つつまれサロン」のマネジメントを行なった岩田さんが中心になって、アートで医療や福祉の現場を応援するNPO法人チア・アートを設立されました。
まず、こちらの「つつまれサロン」の誕生から聞かせてください。
軸屋 某テレビ番組のビフォアーアフターのようですが、こちらの写真が生まれ変わる以前のこの部屋です。それこそ来る者を拒むような重い鉄のスライドドアがあり、無機質な椅子とテーブルがあるだけの暗い印象の部屋でした。
そこで、まずは重いドアを取り払い、誰もが気軽に入って使える多目的空間とすることにしました。
しかし、ドアをなくすことで入りやすくはなりますが、外から丸見えでは落ち着きません。そこで壁に曲面を設け、それが外からの視界を遮るようにしました。こうしたデザインはわれわれ医療従事者だけでは思いつきません。
床も明るい色のフローリングに張り替え、椅子やソファも明るい色合いの無垢材を使ったものを置きました。
そして、壁に姿見ほどの大きさの鏡がついていますが、これにも理由があります。この多目的空間で何ができるか、学生たちがたくさんのアイデアを出した中に「散髪」があったのですね。しかし、実際には散髪にはあまり使われていません(笑)。それでもいいのです。試行錯誤を繰り返して理想に近づけていくことが重要です。
医療の進歩とそれに伴う価値観の
変化についていけるデザイン
ーIDSに応募されたきっかけは何ですか。
岩田 自分たちの活動を客観的に評価して欲しいという思いからです。他のソーシャルデザインプロジェクトも評価を受けていましたので。
この活動は2006年、検査室の前の廊下をモビールで飾ることからスタートしました。廊下は50mもあります。ここにクリエイティブな発想を入れようと、学生と職員が一体になって紆余曲折しながら始まりました。
そして、次のステージでプロジェクトが発足し、空間プロデュースへと移っていったのです。
▲現在までつながる活動がスタートした2006年
軸屋 来院する患者さんの鑑賞や長年の使用に耐えうるクオリティが必要でした。いくら芸術系の学生とはいえ、学生の遊びでは困ります。病院は営業活動をしているのです。そこで、アート・デザインのコーディネーターが必要だということで、2011年から岩田さんにコーディネーターとして入ってもらいました。
実際、その後のプロジェクトで生まれたこの「つつまれサロン」は、完成度も高く、長く使えるものになっています。また、使う側が使い方を自由に工夫できるものとなりました。ピアサポートの場としてがん患者のサロンになったり、窓の外の景色を眺めながらリラックスしてリハビリできる場として活用されたり、当初予想していなかったことに使われています。
かつてがんといえば不治の病のイメージでしたが、今では直せる病です。がんサバイバー(一度でもがんと診断されたことのある人)の方のサポートの場に使われるというのは、医療の進歩によって新たに生まれた需要です。
こうした医療の進歩、時代の変化にも対応できる多目的空間であったことは喜ばしいですね。
病院は普通、初期投資でバン!とお金を使います。しかし、それらがうまく機能するのは最初だけ。医療の進歩とそれに伴う価値観の変遷についていけません。サステイナブルでなければ。地道に検証しつつ、息が長くなるようなデザインワークをしていきたいですね。
IDSの選定を受けたことで
デザインでもてなすという「文化」が生まれた
ーIDSの選定を受けたことによってどのような変化が起こりましたか。
岩田 第三者の評価を受けたことでプロジェクトに関わる職員や学生のモチベーションが維持されるようになりました。医療現場で働く職員は、「自分たちの活動は正しいのか」と不安を持つこともあったはずですが、IDSで評価されたことが不安を解消し、自信につながったと思います。
軸屋 文化が作れたと思います。
当院では中庭に鉢植えを並べているのですが、ある日患者さんが「こういうところが筑波メディカルセンターなのよね」と話していました。花があることで気分が変わります。ケアをカタチに表現したものが当院のアート文化です。患者さんへの配慮を意識する、あるいはふるまいに生かすことができるようになりました。
また、デザインを工夫しようというモチベーションが生まれています。広報誌や市民講座のチラシなどを作る際、待合の椅子を買い換える際など「コーディネーターにちょっとデザインを見てもらおう」と考えることが普通になりました。病院にとってはより質の良いもの、患者さんにとってはより分かりやすく、利用しやすいものができるようになりました。
デザインのチカラを使って
地域の病院環境をアップデート
ーIDSやIDCに期待することは何ですか。
岩田 プロダクトデザインに関する選定が多かったように思いますが、最近はソーシャルデザインへの評価も増えているように思います。ソーシャルデザイン系の交流のハブになって欲しい。授賞式でしか接点はありませんが、他にも交流できる機会を作って欲しいですね。
軸屋 茨城というところはアートやデザインについて明るい人が多いのではないでしょうか。
私の出身は鹿児島なのですが、鹿児島は「黒」をブランディングの軸としています。黒豚や黒じょかなどですね。私が子供の頃にはありませんでしたよ。これは誰か仕掛け人がいたのではないでしょうか。茨城でも全てのデザインを引っ張っていく特定の「何か」があるといいのではないでしょうか。
▲IDS2019 シリーズ選定「病院の顔作りプロジェクト」温もりのあるエントランス
ーアートでケアをカタチにする集大成として病院の顔、つまりエントランスが完成しました。これは大学と病院と岩田さんが率いるNPO法人チア・アートの協働による作品ですが、これからの展望はいかがですか。
岩田 大学とのコラボレーションを実践できる筑波メディカルセンター病院のような医療機関は一般的ではありません。今後は学生や病院職員とのコラボレーションだけでなく、地域の方々、企業、患者さんも巻き込んで病院環境のソリューションに取り組んでいきたいと思います。その仕組みづくりを行なっていきたい。
軸屋 その仕組みづくりのために、チア・アートというNPO法人を作りました。この筑波メディカルセンター病院を実験室にして、地域全体に広げていって欲しい。この病院だけで終わりにはしません。
ここはすでに築35年が経っていますが、まったくそうは見えないでしょう。今も明るく小洒落ていると思います。それはデザインのチカラを使って、アップデートを工夫できるからです。同じ仕組みを他病院でも活用して欲しい。
今後は学生とともに緩和ケア病棟の改善に取り組んでいきたいと思っています。問題となるのは資金ですが、それについてはクラウドファンディングを使ってみたい。というのも、クラウドファンディングを使うことで、資金を集めながら社会に対して問いかけができるからです。
●プロフィール
特定非営利活動法人チア・アート
理事長 岩田 祐佳梨
筑波メディカルセンター病院
病院長 軸屋 智昭
筑波メディカルセンター病院
1985年に茨城県の県南・県西地域における二次・三次救急医療の整備を目的として開設。現在では、地域医療支援病院として救命救急センター・茨城県地域がんセンター・災害拠点病院などの機能を持ち、地域医療の中核を担っている。増改築を行いながら、社会的要請や医療技術の変化・進歩に対応してきた。現在の病床数は453床。
特定非営利活動法人チア・アート
医療福祉の環境に潜む課題や創造的な解決方法を探るために、アート・デザインプロジェクトを実施するNPO法人。2002年より筑波大学芸術分野が近隣病院と協働で取り組んできた環境改善の実践や研究成果を、さまざまな医療福祉の現場で展開していくために2017年に発足した。