Vol.5 有限会社ウェア・ウッド・ワーク

伝統産業のデザイン活用の取り組み、製品づくりもいばらきデザインセレクション(以下、セレクション)には多く選定されています。今回は、大子町で漆搔きから製品づくり、販売まで一貫して行い、製品やブランド・店舗設計で度々のセレクション選定となった、(有)ウェア・ウッド・ワークの辻󠄀徹さんにお話を伺いました。

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▲漆作家の辻󠄀徹さん。大子町の見世蔵をリノベーションした自身の店舗「器而庵」にて

100年後の「工芸の町・大子」をイメージして「今」をデザインする

Q1辻󠄀さんは漆掻き職人・塗師、そして木地の作り手としてご活躍されています。その取り組みをご紹介ください。

辻󠄀 大子漆は非常に良質で素晴らしいものです。しかし、原材料の漆を見ただけでは、それを理解することはむずかしく、最終的な製品が必要なのです。やはり、手に届き、体感しないと、ものの良さはわかりにくいです。

ーいくら良い食材も、料理や商品として目の前に並び、食べてはじめて「美味しい、また食べたい」と感じることに似ているかもしれません。

辻󠄀 今、大子漆の素晴らしさを全国に伝えないと、原材料だけでなく、漆掻きの技術も、漆塗りの技術も、それらの職人も失われ、いずれ大子漆は廃れてしまうでしょう。
 大子漆の素晴らしさを知ってもらうには最終的な製品が必要。しかし、それがない。ならば「自分が最終的な製品を作ろう」と思い至り、漆器ブランド「器而庵(きじあん)」を立ち上げました。
 私は今、「器而庵」というブランドを通して、大子漆と人とのストーリーを伝え、大子漆をより多くの人々に知ってもらう、使ってもらう、そして、100年続く産地を作っていこうとしています。
 10年前は高齢化し2人だけだった漆掻き職人も、今は若い人も多くなり、10人ぐらいになりました。

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▲過去5回の選定証。店舗内に飾ってある

モノづくりとコトづくり 2つの挑戦を通じて、自分自身にもブレイクスルーを

Q2辻󠄀さんは「(有)ウェア・ウッド・ワーク」「大子漆八溝塗 器而庵」として、セレクションで計5回の選定を受けています。選定後に感じられた変化はありましたか?また、選定の機会をどのように活かしてきましたか?

辻󠄀 これまでモノづくりとコトづくりの両面から応募していますが、いずれも私にとって新たな境地を開かせてくれました。

 モノづくりの面では、とくに2011年に知事選定を受けた「持ちやすい椀」がその契機となりました。このお椀は握力の弱い人にも持ちやすいユニバーサルデザインなのですが、持ちやすいという機能を洗練していく中で「美しさ」が浮き上がってきたのです。作家としては、いつも自分の中の世界観を見つめてきましたが、セレクションにチャレンジするときは、作品の使い手に目が向いていたという点も新境地でした。
 コトづくりの面では、「デザインとは何か」ということを学びました。とくに、2016年に知事選定になったブランドの顧客体験設計では、ブランド体験を積み重ねてファンになっていく仕組みとツールをデザインしました。実は私、人とチームを組むことが得意ではないんです。でも、セレクションを通じて筑波大学の方々やプロのグラフィックデザイナーたちと半年をかけてブランドを作り上げる中で、新しい自分に出会えたように思います。

 また、もう10年近く前ですが、漆器ブランド「器而庵」を立ち上げる際、現在はセレクション審査委員になっている日野氏にそのビジョンについて相談しました。そこで「10年後をどうするのか」という命題をもらったことで、100年後まで考えるようになりました。
 立ち上げ後に茨城県デザインセンターのブランディング講座(デザインラボ)を受講した時は、「器而庵」にプロのブランディング・デザインが必要だと感じ、ラボの講師であった筑波大学の原先生に相談することができました。いずれも、セレクション、デザインセンターとの出会いがなければ得ることができなかった新しい視点であり、人の縁です。

ー新しい縁を積極的に活かし、さらに実際にカタチにしてきたのですね。

辻󠄀 はい。それから、これまで選定の際にいただいたセレクション選定証も活用していますよ。私はこれを店頭に飾っています。というのも、来店者に興味を持っていただけて、それが会話の糸口になるからです。

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▲店頭のディスプレイ。作品とともに選定証やカタログでPR

セレクションの発信力、人と人をつなげる力に、これからも期待したい

Q3セレクションに求めることはなんですか?

辻󠄀 店舗「器而庵」の設立時にセレクションに選定(2010年)されたことで、その発信力の恩恵を受けました。県内のみならず、都内に向けた発信がかなりできたと思います。
 また、人とのつながりもできました。セレクションでは毎回選定案件をまとめたカタログを作ってくれますが、同じ見開きページの左右に掲載されたことで、生まれたご縁もあるんです。
 こうした発信力や、人と人とをつなげる力に期待しています。

 これからも、選定されたもの・ことを知る機会や、事業者の皆さんとの交流を深める機会を作っていただき、お互いにより良い作品や製品づくりを刺激しあえるアンテナになっていただけたらと思います。

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▲辻󠄀さん(右)、茨城県デザインセンター デザインコーディネーター西條(聞き手、左)

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▲「器而庵」店内。辻󠄀さんが手掛けたさまざまな品が並ぶ

100年後には誕生する「工芸の町・大子」。そのための楔となりたい

Q4今後の展望について教えてください。

辻󠄀 セレクションを通して大子の人たちとつながり、「器而庵」の活動が評価され、町固有の工芸として県の「伝統工芸品」に認定されました。これを国の指定する「伝統的工芸品」の域にまで育てていきたいと思います。「器而庵」では、漆を植えて育て、漆を採取し、木地を作って、漆を塗るまで一貫して行います。1本の木から漆が採れるまでに10年。職人が育つまでさらに長い年月。それらが産業として地域を支えるまで、100年構想で取り組んでいきたいと思います。
 その拠点となる店舗「器而庵」から、大子漆の魅力を発信していきたいと思います。

 加えて、この店舗ができたことが、町のターニングポイントになったと思っています。「器而庵」を契機に、町内の古い店舗や街並みを活かしたカフェなどができました。地域の皆さんが古いものをどう魅力的に見せるかに気づき、古い街並みの良さが再発見されることになったのではないでしょうか。

ー伝統を産業として、また町の魅力として継承していく拠点が「器而庵」であり、辻󠄀さんをはじめとした皆さん方「ひと」なのだといえます。

辻󠄀 この店舗を作ったことで「場」が生まれ、私自身、これまでやりたいけれどできなかったことができるようになりました。器而庵では人々が集い、お茶やワインを飲みながら、芸術やまちづくりについて語り合えるイベントも開催しています。
 さらに今、店舗から少し歩いたところにシェアアトリエを作る計画が進行中です(取材当時)。大子漆にとどまらず、いろいろな工芸家が集まり、工芸によるまちづくりができるかもしれないと、とてもワクワクしています。

(更新 2019.3.19)

●プロフィール

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代表 辻󠄀徹(つじ・とおる) 
有限会社ウェア・ウッド・ワーク
大子漆八溝塗「器而庵」

1963年北海道札幌市生まれ。東京芸術大学大学院漆芸専攻修了。(有)ウェア・ウッド・ワーク設立。2008年より、若手スタッフによる漆掻きを開始。2010年大子漆八溝塗 器而庵 設立。いばらきデザインセレクション他、受賞多数。