Vol.10 bews/有限会社ビルディング・エンバイロメント・ワークショップ一級建築士事務所

シェアハウスとITオフィスが一体となった建物の設計や、工場の全面建替えによる新しい働く環境の提案など、他にはない作品で知事選定に選ばれているbewsに話しを伺いました。

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▲中央 代表取締役 井坂幸恵さん、右 設計デザインチーフ 大塚悠太さん、左 設計スタッフ・菊川 裕規さん

「代表作にしてください」の言葉に
デザイン生命をかけた「地元への恩返し」

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ー今日は南麻布にあるオフィスにおじゃましました。白ビル自体がすでに素敵ですね。

井坂  もともとカールツァイス日本法人の社屋として建てられたビルです。1950年代のバウハウスのような雰囲気が気にいっています。2003年に仲間で1棟丸ごと借りてセルフ・フルリノベーションして依頼、シェアオフィスのパイオニア的存在となっています。個性的な事業を展開するクリエーターやデザイン系の4事業者が着かず離れず長屋のように共生しています。


ー2018年、「コロナ電気株式会社1・2期増築工事」でデザインセレクション部門「知事選定」を受けました。当時のことをお聞かせください。

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▲IDS2018知事選定 コロナ電気株式会社本社工場 ©Satoshi ASAKAWA


井坂  私たちはそれまでリノベーションやプロダクトデザイン、建築展の企画などなかなか作品となる建築設計のチャンスに恵まれていませんでした。先輩建築家からは「井坂は低空飛行だな」と言われていたり…(苦笑)。大学時代から気になった建築家の事務所に、数多くアルバイト行脚して勉強させてもらっていたので叱咤激励ですね。私の地元は日立市ですが、日立駅や新庁舎を設計した妹島和世さんの事務所にも大変お世話になりました。

 そうした経歴の転機となったのが、まさにIDSで選定を受けた「コロナ電気株式会社1・2期増築工事」です。
 この工場は2011年の震災で大きく被災していました。耐震補強工事か?それとも新しく建築し直すべきか?私たちは複数の案を提出しました。未来へつながるソリューションにしたいと考えていました。
 すると提案から2日後に、「全面建て替え案で」と迅速な回答がありました。願った通りでしたが、ここからが長い道のりのスタートでした。
 しかし、そこには大きな課題も。それは「稼働しながら建て替えて欲しい」という要望です。その工場では80人の従業員が働いており工場は休めません。ましてや、生産ネットワークの他の関係する企業の生産活動まで大きな影響が出てしまいます。
 稼働しながら既存との取り合いが複雑な工事であり、高度な設計手腕が求められます。私たちは様々なリノベーションの経験があり、一定の自信はありました。
 それに、社長さんから「井坂さんの代表作にしてください」とのお言葉をいただきました。これでモチベーションが上がったと言いますか、これまでの経験の全てを故郷に還元するつもりでスタートしました。それから完成までの8年間は文字通り自分のデザイン魂を傾けましたので、個人的に「中年の青春」と自嘲しています(笑)。

for 茨城デザイン-部分増築or全面建替え

▲当時の提案資料

8-南東角から見た俯瞰※クレジットなし

▲本社工場の南東角から見た俯瞰。製造エリア内を明るくする大屋根のハイサイドライトが特徴の一つ

「50年使える建物にして欲しい」の言葉に
50年先の未来まで耐えうる、
これまでの工場という概念を打ち破り
全く新しい工場を再構築する

ー施工業者も熱意にあふれていたと聞いています。

井坂  そうですね。各構造、設備、電気の非常に優秀な設計チーム、及びゼネコンさんとそれぞれの施工業者さんの協力は震災復興ということもあり、熱いものがありました。

大塚  もちろん一緒に考えてくれる施主さんだったことはとても恵まれていたと思います。それがもういちばんですね。
 私たちは工場のイメージを刷新して、私たち自身が働きたいと思える環境を作り出そうとしていました。一回分解してもう一度組み立てるつもりで行いました。
 また、コロナ電気の社長さんからは「50年使える建物にして欲しい」とのご要望をいただきましたので、50年先という遠い着地点を想像し、それに耐えうる概念と構造を創造したつもりです。

ー製造エリアを1m高い回廊で囲んだり、旋回流によってホコリを分離する空気のデザインや熱を遮断しながら光を通すLow-eガラスを使って自然光を取り入れる設計など、随所に意匠と環境デザインの一体的な工夫が見られますね。

大塚  これまで1階と2階に分断されていた製造と事務の距離を近づけ、テラス状の回廊から工場内が一望できるようにして、お互いが顔を見通せる心地よい工場を創り出しました。働くだけでなく、人と人とがつながる次世代へ向けての生産の空間を提案しました。

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▲工場を一望できる。中央には建屋を支える木のような柱が並ぶ©Satoshi ASAKAWA


ー井坂さんの地元日立市にシェアハウス「コクリエ」を設計されましたね。こちらも大変興味深いです。

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▲IDS2015知事選定(空間デザイン分野)地域貢献型シェアオフィス+ITオフィス「コクリエ」©Satoshi ASAKAWA


井坂  このロケーションは海風が強いことで有名です。この季節風を利用しなければ、その土地に根差す建築にならないと考え、風をテーマとしました。
 120度のブーメランが並ぶ配棟は風車のようです。海からの自然な風が内部を通り抜けて、とても快適です。ゼロから若い起業家のプロジェクトでしたので、建築費を補うべく、環境にやさしい経産省のZEB(ネットゼロエネルギー実証事業)に果敢に挑み、実現に漕ぎ着けることが出来ました。
 一風変わったカタチと地域貢献の場というプログラムもさることながら、サステイナブルなシェアハウスは施主さんの企業コンセプトを象徴するものと言えます。「こだわりの強いオタクしかいない、優秀なエンジニアが集まった個性的なIT企業」と明言出来るところにそれが表れていると思います。

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IDSの「デザイン行為」ならOKという懐の深さが
茨城という土地のデザインを育てていく

ーIDSに応募されたきっかけは何でしたか

井坂  「コクリエ」の時は発信できるメディアを探していました。
 実はコロナ電気さんの製品がIDSに選定されていたんですよね(2006年「グレーティングマイクロプレートリーダSH8000-Lab」)。それを見て、よし、これを獲ろう、と。両事業とも心血を注いだ仕事なので、IDSの選定を受けることでそれが報われることになると思いました。もちろん、地域に発信したいという思いもありました。
 IDSは「デザインのデパート」ですね。グラフィックに限らず、「デザイン行為」全般を対象とする懐の深さが茨城のデザインを育てていくと思います。
 建築をはじめ、空間や町並みなどにデザインを求める需要は必ずあると思います。しかし、タイミングが合わないと出会えない。それをIDSがつないでくれるといいなと思っています。

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▲「コクリエ」は2015年IDS、グッドデザインW受賞となった


―これからのIDSに期待することは何ですか。

井坂  IDSのような、自治体が主導するデザイン賞は広島や熊本にも例がありますが、商品の販売促進や産業振興の側面が強いです。審査員により多くの建築家を入れ、デザインの要素を持った建築への評価を公開審査でお願いしたいです。たとえ小さなスペースの建築であっても、そのデザインワークを評価し続けることが、建築業界や発注サイドの価値観を変え、建築にデザインを求める層を増やすことになると思います。
 例えば、オープンキャンパスならぬ「オープンスタジオ」などを主催し、多くの人に知ってもらう機会を創出とか。
 あるいは、「デザインウィーク」と称してもいいですが、多彩な事業者どうしの交流の場があるといいなと思います。異業種が集まることがIDSの魅力です。やはり人と人とが出会うことで新しい何かが始まります。
 ハウスメーカーのミサワホームが「有名建築家と建てる家」として施主と建築家をマッチングさせる「Aプロジェクト」を展開していますが、そういったようなプラットフォームを作っていただけると嬉しいですね。

―面白いですね。では最後にこれからの展望についてお聞かせください。

井坂  常に目の前に来た仕事に全力を注ぐというスタイルでやってきたので、これからの展望というと…うーん。
 しかし、時代の変化を見ると、茨城にも拠点を作りたいとも思います。これからは「2拠点」の時代とだろうという予感があります。東京が頭脳の時代は終わりました。これからの若い人は東京で修行し、スキルや考え方を身につけたら故郷にも拠点を持つことになるでしょう。地方では心豊かに仕事を進めることができます。
 私もこれまでのデザイン経験を故郷で活かしたり、そこから刺激を受けて成長したり…最終的に、「地方に」広い意味で恩を返していきたいと思っています。
 全身全霊を注ぎ込むというのは一種、快感を覚えますしね。



●プロフィール

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代表取締役 井坂幸恵(中央)
設計デザインチーフ 大塚悠太(右)
設計スタッフ 菊川 裕規(左)

bews/ビルディング・エンバイロンメント一級建築士事務所
2003年に築50年の白ビルを全面改修しアトリエを開設。それ以来、多様なプロジェクトをゼロから発想し、オリジナルな建築を実現してきました。

・「場所の個性」を「空間の個性」に
・やわらかな印象の「今を生きる人のためのプログラムと新しいカタチ」
・流れる空気や自然の光、五感で感じる「美しい三位一体」の空間

それが私たちのデザインです。